文化はそう簡単になくなるものじゃない 。いま周りを見回すとかつてあった日本の文化などというものは消えて無くなってしまったんじゃないかと思いがちだ。しかし文化とは、社会の表面を見て思うより、もっと深く人間に根ざしているもの。少なくとも かなり変わるとしても100年単位の時間がかかると思う。 僕がここで言う文化とは、その国、あるいは地域独特の、空気や匂いみたいなもの、それは僕が生まれた頃から 変わりつつあるけど確実に息づいている事は確かだ。それもかなり根強く。 水虫菌みたいに根強く。ちょっとやそっとのことじゃへこたれない。 そう思いたい。
   しかしこの30年くらいでも日本の文化は、社会の変化につれて、急速に変化しつつある事は確かだ。でもそれは油絵に水彩絵の具を塗りたくっているようなもの 。水洗いすれば基の絵(昔からの生活、行動様式)が浮き上がってくるはず。
   しかし今、あまりにもその絵の上に塗っている色に思慮がなさすぎるとも思う、水洗い出来ないくらいに。社会が乱暴に変化しすぎる。文化は社会を抑え、包まなければならないのに。
  もちろん社会も、文化も、変わること自体が負であるわけではないけど、 ぼくが希望ある未来へと思うのは、一回塗った絵の具を何回でも水で洗ったりしながら どちらの方が人間性にとって良いものであるのかしっかりと見定めるという事だ。いま再び日本の文化の良い所を思い返そうと言うムーブメントが 少しづつ出てきているがこれははっきり言って希望的だと思う。たとえそれによって 取り戻せるものが、かつてあったものと違うとしても。少なくとも、これから進むべき方向にに対しての慎重な目があるから。
   絵を描く人には分かると思うけど、絵がうまくなるというのは他の人の絵をまねるのでななくて、(それも大切だけれども)、沢山描いていると、自分が描く絵から、教えられる。そのことが一番自分の描く絵を洗練させてゆく。その課程で一度塗った色をつぶしたり、全く違った方法を試してみたりして、最終的に洗練された色や形を決めてゆく。それまでには多くの時間と労力を必要とするものだ。ぼくは、このことは、社会的、文化的な洗練性みたいなものにも言えると思う。多くのいま消え去ろうとしている未開社会と呼ばれた文化が、皆ある種の洗練性を持っていたのは、この課程を長い時間をかけて経てきたからだ。
   僕は少なくともこのアルバムで日本の昔からの良いものとしての空気みたいなものを 出来るだけ正確に捉えようとしている。それに触れる人がその空気の真正さによって 、今塗っている絵の具の色は違うんじゃないかって、思ってくれると嬉しいんだけどなあ。

イイジマ マコト
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四季と仕来り
1今朝はいつもの色彩
2櫂
3変わりのない街角
4晴雨
5夏草と陶磁器
6冬模様
7無題
8季節の風
9更なりと今
2003 Tribal Records Total time 35:30